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ダービー 踊る羊飼いの女性像(1752-60年頃)
Derby Figure of a Dancing Shepherdess C.1752-60
ダービーの羊飼いの女性像。ドライエッジ期(1750年代前半)に導入されたモデルであるが、本作品はウィリアム・デュズベリーが経営者となって以降の1750年代後半の作品の可能性もある。帽子をかぶった女性が右手でスカートを持ち上げて踊るようなポーズをとっており、足元には子羊がうずくまっている。この作品にはペアとなる男性像があるのだが、そちらはバグパイプを抱えて犬を従えたフィギュアである。ドライエッジ期の動きのあるスタイルのフィギュアは、イタリア出身の彫刻家Agostino Carliniが型を提供したものであると考えられており(ダービー(D0-1)、ダービー(D0-4)参照)、本作品もその一つかもしれない。なお、ボウ作品にも類似のペアがある。
ヴィクトリア&アルバート(V&A)美術館にこれと同じフィギュアがあり、以下のサイトで見ることができる(なお、このサイトの解説では、この作品は「四季」セットのうち「夏」だともされているが、その特徴はあまり見られないように思う)。
https://collections.vam.ac.uk/item/O165714/shepherdess-figure-carlini-agostino/
また、2023年12月のボナムスのオークションでは、この作品の白磁像のペアが2つ(サイズが異なる)販売されている。
https://www.bonhams.com/auction/28790/lot/282/a-pair-of-derby-dry-edge-figures-of-the-piping-shepherd-and-dancing-shepherdess-circa-1752-55/
https://www.bonhams.com/auction/28790/lot/300/a-pair-of-small-derby-dry-edge-figures-of-the-piping-shepherd-and-dancing-shepherdess-circa-1752-55/
なお、V&A美術館のサイトにはボウ作品とされる類似フィギュアも2点掲載されている。
https://collections.vam.ac.uk/item/O337146/figure-bow-porcelain-factory/
https://collections.vam.ac.uk/item/O342015/figure-bow-porcelain-factory/
ドライエッジ期のフィギュアの中には1756年にデュズベリーが経営者となって以降(以下「デュズベリー期」)も製造が継続されたものもあるが、このモデルに関しては明確に1756年以降のものとされる作品は知られていない。本作品は釉薬が台座の端までかけられ(一部は裏面まで垂れ込んでおり)、いわゆる「ドライエッジ(乾いた端)」はほとんど見られないが、一方でデュズベリー期の特徴である「パッチマーク」も(少なくとも明確には)見られない。
ドライエッジ期のフィギュアは、その四分の三ほどが彩色なしの白磁だとされている。エナメルで絵付けされた作品には表面につやがなく細かな気泡が見られるものが多いが、これは作品が焼成された後に、ある程度の期間をおいてから絵付けが行われたことを示す特徴とされ、外部絵付けの可能性が指摘されている。本作品の絵付けも同様であり、ドライエッジ期に製造されて外部で絵付けされたものかもしれない(ただし、修復・上塗り部分が多く、どこまでがオリジナルな絵付けなのかはっきりしないが)。一方、その絵付けに関しては、スカートに描かれた模様(薄青の円の中に赤紫の小さな円が描かれた「雉の目(pheasant eye)」と呼ばれる模様)が特徴的であるが、これはダービーではデュズベリー期に入ってから長期間に渡って用いられた模様だとされる。したがって、本作品の絵付けは外部ではなくダービー(デュズベリー期)で行われたものかもしれない。
裏面には赤いインクでアルファベットの'J G'が筆記体で記されているが、これに関しても興味深い論点がある。
かつてメトロポリタン美術館に収蔵されていた1760 年代頃のダービーのバイオリニスト像で、裏面に赤いインクで'I G'(こちらはブロック体)と記された作品があった。このアルファベットは、James Gilesのイニシアルだとされ(18世紀にはブロック体の'J'は'I'と標記されることが多かった)、このバイオリニスト像はダービー作品にジャイルズ工房が絵付けをした珍しい作例として知られてきた。ちなみに、この作品は同美術館が売却した後、2024年5-6月にAlbert Amor(ロンドンの磁器ディーラー)が販売しており、そのカタログでフィギュア全体及び裏面のアルファベットの写真を見ることができる。https://www.albertamor.co.uk/(The Robert F Burk Collection catalogue, Item No.19)
このバイオリニスト像の衣服には、本作品と同様の「雉の目」模様が描かれている。もしこれがジャイルズ工房で絵付けされたものなのであれば、本作品もジャイルズ工房絵付けの可能性があるかもしれない、しかも裏面には(筆記体ではあるが)やはり'J G'と記載されている。この点について、ダービー磁器国際学会のフィギュア特別グループに問いかけてみたところ、既に同様の問題意識を持っているメンバーがいた。彼が所有するダービーのフィギュア(楽譜を持つ女性座像)にも「雉の目」模様が描かれ、かつ裏面に赤字のブロック体で'I C'と記されているとのことである。彼はAlbert Amorを訪問して自分の所有フィギュアと上記バイオリニスト像とを直接比較してみたところ、絵付けの質に相違点があった(バイオリニスト像の方が模様の描き方が上手で金彩も多く使用)とのことである。さらにロイヤルクラウンダービー美術館にも同じく「雉の目」模様のあるバイオリニスト像があり、裏面には赤字筆記体で'J B'と記されているとのことである。彼の判断は、裏面の赤字アルファベットは絵付けを行った者のサインではなく、後にコレクターか美術館が書き加えたものなのではないかというものであった。
この「雉の目」は単純な模様であり、ダービー以外の場所でも用いられた可能性はあるが、ジャイルズ工房が得意としたモチーフには含まれていないようである。なお、バーナード・ワトニーの研究で、本作品と同じダービーの羊飼いの女性像にジャイルズ工房が絵付けした可能性のある作例が指摘されているが、そこに描かれているのは「雉の目」ではなく、スカートに描かれた2つの実のチェリーや裾のピンクの二重線といったモチーフである。
もっとも、ダービーとジャイルズとは、一般に知られている以上に関係が深く、記録が残っているものだけでも、少し時代は下るが1770年代にジャイルズはダービーから絵付けの受注や製品販売の委託を受けたり、さらにはダービーから融資も受けている。
ちなみに、ジャイルズ以外の外部絵付者の候補としては、ダービーの経営者となる前のデュズベリー自身もあげられている。彼は1751-53年頃にロンドンで絵付け工房を経営しており、いくつものダービー製のフィギュア(まさにドライエッジ期のもの)を扱っていた記録が残されている。また上述のワトニーの研究では、やはりロンドン(Kentish Town)で絵付けを行っていたJohn Boltonの名前もあげられている。
高さ(Height):16.5cm
マーク:赤で「J G」
Mark:'J G' in red
参照文献(References):
- F. Brayshaw Gilhespy "Derby Porcelain" Plate 16 (上記V&A美術館のダービー作品)
- Dennis G. Rice "Derby Porcelain The Golden Years 1750-1770" Plate 19
- Bernard Watney "The King, the nun and Other Figures" ECC Transactions Vol.7 Pt.1 (1968) pp.53-58 and Plates 56-71 (enamel decorations related to James Giles and John Bolton)
- Peter Bradshaw "Derby Porcelain Figures 1750-1848" Model B17 (p.32), pp.23-26 (Enamel Decoration), Pl. 21 and Col. Pl. V
- Peter Bradshaw "18th Century English Porcelain Figures 1745-1795" Model J13, Pl.89 (p.184) and Col. Pl. I (p.124)
- Stuart Shepherd "Derby Porcelain Figures 1750-1848 An Illustrated Catalogue" Model A43 (p.32)
- Stephen Mitchell "The Marks on Chelsea-Derby and Early Crossed-Batons Useful Wares 1770-c.1790" pp.10-14 (The 'Giles' Factor)
(ダービーのバイオリニスト像で「雉の目」が描かれている作品)
- Yvonne Hackenbroch "Chelsea and Other English Porcelain, Pottery and Enamel in the Irwin Untermyer Collection" Figure 273 (p.202 and Plate 96)(上記メトロポリタン美術館にあった作品)
- John Twitchett "Derby Porcelain 1748-1848 An Illustrated Guide" Colour Plate 137 (p.170) (ロイヤルクラウンダービー美術館の作品)
- Art Gallery of New South Wales web site: https://www.artgallery.nsw.gov.au/collection/works/L2012.113/. See also Stuart Shepherd "Derby Porcelain Figures 1750-1848 An Illustrated Catalogue" Model CTMD15 (p.129) for the same figure.
(2025年4月掲載)